ストレスクリアと私

産みの母との最初の邂逅@ストレスクリア

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【『まだ泣いていた』と書いたわけ】

おはようございます、いつもありがとうございます。

昨日の投稿で、
小さな私がまだ心の奥で泣いていた】と書いた訳は…

そういえば最初の産みの母との
邂逅セッションのときは、
投稿しなかったような気がします。/^^;;;

あまりにも鮮明だったのですが、
妄想、白昼夢(夜でしたけど)だと
笑われそうで書けなかったような?
ちらっと書いたような?

40年間ずうっと『親不孝』している
と思っていたことが、セッションで
『親孝行』してたじゃんと
気付いたことは書いた気がしますけど。
(その気付きをいただけたのは、8/7でした。)

最初の邂逅は、8/18の夜、寝ながら
セルフセッションをしてたときです。

なので、自分の願望から見た夢…
なのかもしれません。

本当に見たんだけど、
幻想だったのかもしれません。

テーマは『死にたい』けど『死ねない』
だったような?(苦笑)

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半分寝ながらセルフセッションしてました。
レム睡眠移行中?のことだったかもしれません。

だから私の願望が見させてくれたのかもしれません。

でも、それまで、そんな事は考えたこともなかったことも確かです。

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ふいに母の笑顔が見えたんです。

真上に。

顔を知らないので顔は見えなかったのですが、
光り輝いているような笑顔が
見えたんです。

「ああ、お母さんだ。」

そう思ったんですね。
慈愛にあふれたその笑顔で

ああ、私は、愛されてたんだと感じずにはいられず、

命を奪ったと自分を責めていた私は
そのおかげで救われた思いでした。
※母は産むと命が無いと言われた私を産んで、その通りにこの世を去りました

徐々にその笑顔は消えていったのですが、

今度は私が赤ちゃんになってました。

上から手を差し伸べているお母さんは、
きっと昇天しようとしているのでしょう。

笑顔で、愛情たっぷり込められた
笑顔で私に何か話しかけているようでした。

「置いていかないで!」
「私も連れていって!」

と、赤ちゃんの私は泣き叫んでいました。

でも、お母さんの姿は消えていき、
次のシーンは、

私を養女に出そうと話している
父の背中とその後ろに寝かされている赤ちゃんの私でした。

その父の背中に、必死になって
「いやだ!よそへなんか行きたくない!」
「ここの子なんだからこのままここに置いて!」

と、泣き叫んでいたシーンでした。

そのとき、私が感じたのは、

育ててくれた両親や祖父母は大好きですし、
感謝してるんですが・・・

それとは別に、赤ちゃんだった私は、

家を出されることが分かってたんだ

『イヤ』だったんだ。

と、すごく自分の中で納得しました。

そして、目が覚めました。

しばらく涙が止まりませんでした。

それが、最初の母との邂逅で、
夢なのか妄想劇場なのか、
判断はつきませんが、

それで、ひとまず産みの母とのことは
クリアできたのかな?と思ってた私でした。

なので、その後、泣いている赤ちゃんの私とセッション中に出会って

まだ』一人置いていかれたと
泣きじゃくってる小さな赤ちゃんな私がいたんだ!

ずっとお母さんを探していたんだ
と思ったわけです。

父の背中に泣き叫んでいたシーンは別として、

母親との邂逅シーンでは、
愛情を十分感じることができたので
「私が命を奪った」は違うんだ、
いつも一緒にいてくれてるんだと思ったのは、

大人の私
顕在意識がそう認識しただけで、

赤ちゃんの私はまだそこから脱していなかった

のかな?と感じてます。

基本、ネガティブ思考が強い私なので(苦笑)
まだそんな私がいるかもなのですが、

少しずつ、1枚ずつ、薄皮を剥くように

そんな私を

発見していって

認めて

自分本来の気持ち、
自分自身を

納得させていって、
望む現実創造目指して

これからもセッションを続けていこうと思ってます。

今日も長々と失礼しました。
最後まで目を通してくださってありがとうございます。

あなたとのご縁に感謝です。
今日こうして元気でいられることに感謝です。

今日も良い一日をお過ごしください。
ありがとうございます。m(__)m

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